石井種次郎
ジャパン・レザー・グッズ・マイスター

持ち手付き鞄の印象を決める「ハンドルづくり」

 持ち手付き鞄の印象を決める「ハンドルづくり」

はじめに

70年のキャリアが紡ぐ誇りと技

鞄職人として約70年以上にわたる長いキャリアを積んできた石井 種次郎さん。日本を代表する鞄メーカーのひとつである𠮷田カバンの職人として第一線で現在も活躍されています。丁寧な手仕事を現代に残す“鞄の名工”として、PORTERブランドのなかでも本革を使用した重厚感あるビジネスバッグシリーズを手掛けています。

 2018年には日本皮革産業連合会が認定する「ジャパン・レザー・グッズ・マイスター」の鞄部門を受賞されました。限られた店舗のみでしか取扱いしていない「PORTER CREDO(クレド」シリーズは2017年のGOOD DESIGN賞を受賞するなど、実用的なデザインでありながら艶のある鞄づくりはいまなお新鮮です。

 独立してからの67年間、変わることなく住み続けている東京都足立区の工房にお邪魔して、匠の技と物づくりへの想いを伺いました。後半では持ち手付きの鞄で一番大切なパートとなる「ハンドル」の作り方をご紹介します。

インタビュー

持ち手付き鞄の印象を決める「ハンドルづくり」

雨が降ってもできる仕事

70年以上のキャリアと伺っていますが、なにがきっかけでレザークラフトの道へ進んだのでしょうか?

まだ高度経済成長を迎える前の、戦後の傷跡が生々しい頃のことです。当時16歳だったわたしは、親のすすめで鞄屋さんを営んでいた叔父のところに奉公するよう進められたのがきっかけです。復興で物資がないなか、“雨が降ってもできる仕事に就け”といわれたのをよく覚えています。屋根の下で仕事ができるだけでもありがたい、ということだったんでしょうね。そんな時代だったので、住み込みで月に300円ほどの収入でしたが充分に楽しくやれました。毎月1日か2日ほどの休みをもらうと、お金を握りしめて浅草に行くんです。映画館で何本も映画をはしごしたり、「トキワ座」なんていうところで演劇を観て、帰りに食べるカレーうどんが美味しかったです。20歳くらいまでは叔父の元で仕事を覚えながらそんな生活をしていました。そこからは独立して、この仕事場でずっと鞄を作っています。

 

ゼロから生み出す面白さ

手を動かす仕事が減っています。石井さんの仕事の魅力や面白さについて教えてください。

例えば牛革を仕入れても「春牛」「秋牛」という季節の違いもあり、同じものはふたつとない生きた素材です。かたちや質感も違うところから同じパーツを取り、デザイン通りに作らなくてはいけないわけですから、難しくも面白いところです。良い革で作っている時っていうのは独特の気持ち良さがあります。そうやって一枚の大きな革からひとつのカバンを生み出すのは面白いですね。あとは、やはり自分の仕事が人に見られるというところじゃないですかね。職人というのはどこか負けず嫌いのところがあるから、人に見られているという意識がないと上達しないように思います。昔、𠮷田カバンの創業者である𠮷田 吉蔵さんに「イギリスから来たお客さまが『こんな良い職人はイギリスにもいない』と褒めていたよ」と評判を教えてもらったときは嬉しかったですね。そうやって、寝ても覚めても仕事のことばかり考えてしまいますが、それでも満足できることはあまりないです。満足してないから70年も続けてこられたのかもしれないですね。

𠮷田カバンとは70年の付き合い

𠮷田カバンと「二人三脚のもの作り」をするうえで、職人として大切にしていること、心掛けていることはどんなことですか?

デザイナーの企画意図をしっかり確かめて、忠実に作るようにしています。あんまりこっちの都合まで考えてデザインしていたら窮屈でしょうからね。デザイナーはいろんなことを感じながら自由にデザインをする。その図面をもらって型紙からサンプルにするのがわたしたちの仕事です。例えば一枚の革から必要な数のパーツを取り出すのに、良い革をどこに使うか考えるわけです。今回教えるハンドルなんかは一番革の表情が良いところを使わなくちゃサマにならない。そうやって無駄なく、綺麗に作るのが腕の見せ所ですね。師匠にあたる叔父も腕の良い職人で、当時から𠮷田カバンさんとは付き合いがありました。そのままわたしも引き継いだので、もう70年以上のお付き合いになりますね。師匠も難しい部位を上手に使って、普通なら使えないところをちゃんと適材適所に活かすんです。こうした技術は教えてもらっても再現性がないか、大切なポイントだけしっかりと教えてもらって、自分で考えながら応用していくことで仕事を覚えました。ともかく親方の仕事を良く見るようにしていましたよ。

色気や風情は数字じゃない

修業時代からいままで、難しかった作業などはありましたか?また、どのように克服しましたか?

一頭の牛から取れる革は、部位によって柔らかさやコシなどが違いますから、いつも「さて、今日の革はどんなものかな?」と考えながら向き合っています。革の状態を見極めるのは簡単じゃないから挑戦する気にもなるんですね。いつも同じ作業の繰り返しじゃ飽きちゃうし、飽きたら腕も鈍るでしょう。とくに、革の厚さを整える「革漉き(かわすき)」の作業は難しいですね。場所によって厚さも硬さも違うから、分厚いとゴツくなってしまうし、薄すぎると華奢になってしまう。とくにハンドルは神経を使います。固い革の場合は少し薄く漉いた方がコシが出るし、柔らかい場所を使うときはある程度厚みを持たせないと持った感じがしっくりこないんですよ。こればっかりは勘を養う必要がありますね。ノギスで指示通りの厚さに漉いても、色気や風情は出ません。でも、きちんと素材を準備して、段取りを頭に入れてから丁寧に作って行けば、いい表情のカバンはできあがるものです。そういう意味では今も昔も難しいと思ってますよ。でも不思議なもので、作るのが難しかったカバンの方が良く売れたような気がしますね。

仕事は綺麗さとスピードが大事

趣味でも仕事でも、ものづくりをするひとになにかアドバイスはありますか?

なんでも好奇心と探求心を持って、飽きずにやることですね。いまはなんでもパソコンで仕事ができちゃう時代ですが、それでも道具はこだわってみるのも良いかもしれませんね。ペンやノート、カバンなんかでも愛着を持って大事に使っている人は良い仕事をするような気がしますね。わたしは「紺屋(こうや)の白袴(しろばかま) 」じゃないですけど、あんまり自分のカバンなんかはこだわっていません。それでも革を切る包丁なんかはいつもしっかり研いで切れ味を大事にしています。親方の仕事で印象的だったのは、包丁がいつもまっすぐだったんです。研ぎ方や使い方がうまかったんでしょうね。わたしなんかいまでも斜めになってしまうんですから、なかなか難しいものですよ。また、上達の指標は仕上がりの綺麗さより速さで見た方が良いと思います。ゆっくりやったからって綺麗にできるわけじゃないんですよ。リズムというか、ある程度のスピード感っていうのが仕事にはあるんです。だから趣味で作っていても、もっと良くしたいと思ったら、仕事のつもりで納期を設定してみて、綺麗に早くできるように挑戦してみると良いですよ。そのために必要な段取りや準備をいつも大事にするようになってくると思います。

今回のレシピ

なぜこのレシピをご紹介するのでしょうか?

わたしは持ち手のついたカバンが得意なので、他の職人さんからよくハンドルの作り方を聞かれるんです。カバンの中で一番触る場所ですし、耐久性だけでなく使い勝手にも大きく影響する部分ですから、職人は一番神経を使うんですね。なかなか教わることがない部分かもしれないということで、今回はハンドルづくりをご紹介できればと思っています。


インタビュー:Kentaro Iida
写真:Tara Kawano

レシピ

持ち手付き鞄の印象を決める「ハンドルづくり」の作り方


STEP.1

型紙に合わせて革を裁断します。

<達人のポイントアドバイス>
革包丁を使って「手断ち」する場合、型紙に対して刃を外側にして切ると、革を貼り合わせた時に山が中央になるため綺麗に削れて整えやすくなります。

STEP.2

着せ革(上用と下用)、下革用の台革を「革漉き機」で1.0mmの厚さに漉きます。もしくは、厚さ1.0mmの革を買ってきて用意します。

STEP.3

上革用の芯を2枚貼り合わせ、上下の「盛り上げ用の芯」を作ります。

STEP.4

下革用芯と、STEP.3で作った上革用の芯の両端の角を、包丁で斜めに削り落とします。

<達人のポイントアドバイス>
革包丁を使って角を削り落とすのですが、台座にガラス板を使うと切り落とすときに滑ってくれてスムーズです。左右均等に削り落とすように、整える感じで一度でやろうとしないことがポイントです。

STEP.5

STEP.4で削った「盛り上げ用の芯」を豆カンナで「面取り」します。

<達人のポイントアドバイス>
カンナはパーツに対して直角に当てるのではなく、少し斜めに当てて引くイメージです。刃で細かく削り落とす感覚だと綺麗に仕上がります。

STEP.6

本型革と下革用の台革の、ゴム糊を塗る部分をヤスリで荒らします。

<達人のポイントアドバイス>
カンを通す部分を荒らさないことで、見栄えが良くなります。もしくは、強度をもっと上げる場合は荒らしてから化粧用の革を貼り込むこともあります。

STEP.7

本型革と下革用それぞれの台革に、盛り上げ芯を貼ります。ローラーなども使い、しっかりと密着させます。

STEP.8

上用の着せ革と下用の着せ革を「一重ネン」を使ってしっかり形を出しながら貼り込みます。

<達人のポイントアドバイス>
貼り込むときにハンドルをイメージして折り癖を付けておくと、綺麗でスムーズなハンドルに仕上がります。

STEP.9

はみ出た部分を革包丁で切り落とします。

<達人のポイントアドバイス>
一気に裁ち落とすのではなく、切れている部分を確認しながらゆっくり、丁寧に進めます。

STEP.10

革包丁で、上革の両端を互い違いに斜めに漉き、ぴったり合うようにします。

突き合せを動画でみる

<達人のポイントアドバイス>
角度は勘に頼るしかないのですが、コツとしては合わさる部分の面積を長くした方が強度が増します。重ねた部分を触って、デコボコしていたり、違和感を感じるようであれば丁寧に包丁で細かく削って調整します。

STEP.11

カンを通す部分のコバだけを先に仕上げるため、その部分だけをヤスリ掛けします。

STEP.12

STEP.11でヤスリ掛けした部分に染料を塗り、CMC(コバを処理する溶剤)で磨いてニスを塗ります。

<達人のポイントアドバイス>
コバなどのヤスリで整えた部分は、ガラス板の丸い部分で磨くと滑らかで締まった表情になります。また、ニスは艶ありとつや消しを好みの配合に混ぜて使うと表情を作りやすくなります。

STEP.13

カンを通して、しっかりと貼り込みます。

<達人のポイントアドバイス>
貼り込む際は突き合わせの部分から先に合わせると綺麗に貼り込めます。ゴムのりは厚く塗りすぎると断面からはみ出てきてしまうので、なるべく薄く塗り合わせるのがコツです。

STEP.14

目打ちと穴あけの準備として、上革と下革に「台革」を貼り合わせる部分をヤスリで荒らします。

STEP.15

先に上革に「目打ち」を打ち、「菱キリ」で貫通させます。

<達人のポイントアドバイス>
ポイントは上革の芯の際を狙ってしっかり目打ちし、両端は下革をまたいで目打ちすることで強度が増します。

STEP.16

上革と下革を貼り合わせます。

STEP.17

STEP.15で開けた穴を「菱キリ」で下革まで貫通させます。

STEP.18

「ウマ」を使って左右均等に力を使いながら、しっかり「平縫い」で縫っていきます。

<達人のポイントアドバイス>
最初と最後の1目は3回縫い返すことで強度のあるハンドルに仕上がります。

STEP.19

持ったときのアタリを無くすために、「豆カンナ」でコバの面取りを行い、ヤスリで整えます。

カンナ掛けを動画でみる

STEP.20

染料を塗り、CMCで磨き、ニスを塗ってコバ面などを綺麗に整えます。

<達人のポイントアドバイス>
コバなどの繊維がめくれたら、こまめにローラーで締めると凜としたハンドルができあがります。手で触った時の感触は目で見えませんが、その一手間が風情のあるカバンに仕立ててくれます。

STEP.21

仕上げの磨きを行ったら完成です。

 

作者プロフィール

石井種次郎

1935年生まれ。16歳から鞄職人の道に入り,今年で71年を迎えた,日本を代表する鞄職人の名工の一人。20歳で独立後に,すぐに【𠮷カバン】創業者の𠮷吉蔵からの依頼で【𠮷カバン】製品を製作し続け,約67年に渡り携わっています。石井氏は,鞄部門で日本初のジャパン・レザー・グッズ・マイスターとして認定されました。